
沈黙は、意欲の低さではありません
長く痛みを抱えている患者さんに、「どうなりたいですか」と聞いてみる。少し間があって、「うーん、まあ、痛くなければ」と返ってくる。あるいは、黙ってしまう。
この場面、慢性例では珍しくないですよね。そして、ここで「意欲が低い方なので」とカルテに書きたくなる。
でも、ちょっと待ってほしいんです。答えが出ないことと、望みがないことは別なんですよ。

痛みゼロ。以前の生活。旅行に行けるようになる。どれも本人にとって本当の願いかもしれませんが、あまりに遠すぎて、今日の行動へ翻訳できない。翻訳できない願いは、口に出しても意味がないと本人が感じてしまう。だから黙るんですね。
つまり、問いが届いていないだけです。こちらが聞く場所を変えれば、答えは出てきます。
理想の大きさより、今できている行動を先に探す
長期目標は方向を示します。ただ、現在地との差が大きいままだと、次に何をするかが決まりません。
目標は、上から降ろすものではないんですよ。

たとえば「旅行で一日歩けるように」から逆算すると、差が大きすぎて途中の段が見えません。一方で「杖で玄関から郵便受けまで、週に数回歩けている」という事実から出発すれば、次の一歩は具体的に置けます。同じ距離を支持を減らして歩くのか、同じ支持で少しだけ距離を延ばすのか。
目標を小さくする、という話ではないんです。進める幅へ分解する、という話ですね。
今の行動をゼロ地点に置いて、距離・時間・頻度・支持のどれかを一段だけ上げる。そうすると、目標が会話のテーマではなく、来週の行動になります。
できている行動は、能力と生活条件の交点です
なぜ現在の行動から始めるのか。そこに情報が詰まっているからです。

すでに実行できている行動には、身体機能だけでなく、使っている支持物、実行する場所、時間帯、習慣、そして本人にとっての意味が全部含まれています。
評価というと、足りないものを探す作業になりがちですよね。可動域が足りない、筋力が足りない、バランスが足りない。でも、実行された事実からは「何がそろえば動けるのか」という成立条件が読み取れます。
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