
スクワークなどで慢性的な首や肩の痛みを訴える患者さん、本当に多いですよね。この背景には、僧帽筋上部線維(UT)が頑張りすぎてしまい、前鋸筋(SA)や僧帽筋下部線維(LT)がサボってしまう…という、筋活動のアンバランスが隠れていることがほとんどです。
その結果、肩甲骨がうまく後傾したり上方回旋したりできなくなり、首や肩の筋肉に持続的な負荷がかかり、血行不良や痛みに繋がっていきます。
ここで非常に有効なのが、**Scapular Function Training(SFT)**という考え方です。SFTは、UTへの直接的な負荷を最小限にしながら、SAやLTを選択的に、かつ高強度で活動させるアプローチです。首や肩の痛みを減らしながら、肩甲帯の機能を再構築することを同時に狙っていきます。
分かりやすいたとえを使うなら、肩甲骨は「ターンテーブル」、上腕は「レコード」です。レコードである上腕をいくら速く、強く動かそうとしても、土台のターンテーブルである肩甲骨がガタついていては、ノイズである痛みは消えません。まず土台の回転や角度、つまり肩甲骨の上方回旋と後傾を整えることが何よりも先決なんです。
エビデンスの要点—何が改善するのか?
では、このSFTが実際にどれくらい効果があるのか、最近の研究結果を見ていきましょう。
ある研究では、10週間、週3回・各20分のSFTを専門家の監修のもとで実施したグループは、何もしなかったグループに比べて首や肩の痛みが10段階評価で約2ポイント低下しました。これは臨床的にも意味のある大きな改善です。さらに、肩を挙上する筋力も有意に増加したという結果が出ています。
面白いのは、肩甲骨を前に突き出す筋力はあまり変わらなかった点で、これは「どの筋肉を改善したいか」によって、エクササイズの種目や負荷を明確に設計する必要があることを示唆していますね。
痛みの指標を見てみると、圧痛閾値(PPT)が僧帽筋下部線維で上昇し、局所的な痛覚過敏が和らいだことが示されました。さらに興味深いのは、SFTが全身の痛みの感じ方にも良い影響を与える可能性が示唆されたことです。選択的に肩甲帯を強化することが、局所だけでなく中枢の痛み制御にも貢献しうるというのは、非常に大きなポイントだと考えています。
実践編:10週プログラムの組み立て方
では、このSFTを臨床でどう組み立てていくのか、具体的なプログラムを紹介します。
期間・頻度・強度設計
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期間: 10週間
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頻度: 週3回
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時間: 1回あたり20分を目安(サーキット形式)
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強度: 最初は20回繰り返せる負荷(20RM)から始め、最終的には10回が限界の負荷(10RM)へと段階的に上げていきます。
中核となるエクササイズ
SFTの核となるのは、UTの活動を最小限に抑えつつ、SAやLTをしっかり活動させられるエクササイズです。
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プッシュアップ・プラス
これはSAを活性化させ、UTを抑制するのに非常に有効です。壁から始め、テーブル、床へと段階的に負荷を上げていきます。ここで重要なのは、単に肩甲骨を前に突き出すのではなく、「後傾を保ったまま上方回旋させる」ことを意識することです。声かけのポイントとしては、「胸を前に出すんじゃなくて、肋骨に肩甲骨を“吸い付ける”感じですよ」といった具体的なイメージを伝えると良いでしょう。 -
プレスアップ
こちらはLTを活性化させるのに効果的です。胸郭が挙上しないように注意し、肩甲骨の後傾と外旋を伴いながら腕を挙上することを強調します。「鎖骨を後ろに引きながら、肩をポケットに“差し込む”イメージで」といった声かけが分かりやすいかと思います。
これら2種目を交互に行うサーキット形式にすると、局所の筋持久力と運動制御を同時に高めることができます。
フォームとキューイング
SFTで最も大切なのは、すべてのエクササイズで僧帽筋上部線維(UT)を過剰に働かせないことです。首を軽く引き込み(chin-in)、胸郭を反らしすぎないようにします。肩をすくめたり、肘を曲げてごまかしたりといった代償動作は、すぐに見つけて修正してあげてください。
痛みに関しては、運動中の痛みが10段階中2以下で、翌日に悪化しないことを基準に進めてください。もし不快感が出るようなら、可動域、負荷、セット数の順に調整していくのが基本です。
よくある失敗例と対策
臨床でSFTを取り入れる際によくある失敗例も共有しておきます。
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UTが主役になってしまうフォーム
これは肩をすくめたり、胸を反らしすぎたりするのが原因ですね。この場合は、一度負荷を下げて、正しいフォームを徹底させることが重要です。 -
「量」だけを増やして「質」が落ちてしまう
痛みの改善は、単に回数をこなすことよりも、筋活動のバランス(UT/SA比など)を整えることに依存します。質の低い反復練習は、かえって逆効果になることもあるので注意が必要です。 -
「痛い筋肉を鍛えれば良い」という誤解
痛みが強い時期に、UTや首周りの筋肉に直接高負荷をかけると、一時的に痛みを増幅させてしまうことがあります。SFTのように、間接的に負荷の経路を変えてあげるアプローチが安全かつ効果的です。
まとめ:SFTを成功させるための3つの原則
最後に、SFTを成功させるための原則をまとめます。
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UTをしっかり抑えながら、SAとLTを選択的に、そして高強度で活性化させること。 そのためにはフォームと声かけが何より重要です。
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週3回・20分を10週間、計画的に負荷を上げて継続すること。
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痛み(NRS)や筋力、肩甲骨の動きを常にモニタリングし、「動きの質→量→課題の難易度」という順序で進めること。
この3つを意識すれば、慢性的な首や肩の痛みに悩む患者さんに対して、きっと良い結果に繋がるはずです。