
こんにちは、小林龍樹です。
はじめに:なぜ肩甲骨の動きが重要なのか?
皆さんの臨床でも、肩の痛みを訴える患者さんは非常に多いのではないでしょうか。肩の痛みは多くの人が経験すると言われており、日常生活や仕事にも大きな影響を与えてしまいますよね。
薬や物理療法で一時的に痛みは和らぐかもしれませんが、根本的な問題が解決されずに再発してしまうケースも少なくありません。その背景には、肩甲骨の異常な動き、いわゆるScapular Dyskinesis(肩甲骨異常運動:以下SD)が隠れていることが多いんです。
SDは、肩甲骨の動きや位置が崩れてしまう状態で、Kibler分類では主に3つのタイプに分けられます。
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Type I: 肩甲骨の下の角が浮き上がってくるタイプ(下角の背側突出)
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Type II: 肩甲骨の内側の縁が浮き上がってくるタイプ(内側縁の背側突出)
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Type III: 肩甲骨全体が挙上したり、前に傾いたりするタイプ(上角の挙上または前方偏位)
SDがある患者さんでは、働くべき僧帽筋の中部・下部線維や前鋸筋の活動が低下し、逆に頑張りすぎてしまう僧帽筋上部線維や小胸筋が過活動になる、といった筋力のアンバランスがよく見られます。この状態では肩甲骨がうまく外旋したり後傾したりできず、肩峰下のスペースが狭くなり、インピンジメントや痛みを引き起こしやすくなってしまいます。
これまで、振り子運動や壁登り運動といった従来のエクササイズが広く行われてきましたが、これらは関節の可動域改善が主な目的で、筋のアンバランスやSDそのものを改善するには限界がありました。
そこで今回は、このSDのタイプ別にアプローチした運動療法が、従来の方法と比べてどれほど効果的なのかを検証した、非常に興味深い研究を紹介します。これは、このテーマで初めて行われた多施設でのランダム化比較試験なので、臨床でのヒントがたくさん詰まっているはずです。
どんな研究だったのか?
この研究は、信頼性の高い「評価者盲検化、多施設ランダム化比較試験」という形で行われました。対象となったのは、片側に肩の痛みがあり、SDと診断された20歳から60歳までの患者さん90名です。
参加者は2つのグループに分けられ、どちらのグループも週7回、6週間にわたって自宅でのエクササイズを行いました。動画教材で正しいやり方を学び、週に1回はオンラインでのフォローアップを受けることで、運動の質を保つ工夫がされています。
介入群(SSE群)
SDのタイプに合わせて、ターゲットとなる筋肉を狙ったエクササイズが処方されました。
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Type I: 小胸筋のストレッチ、前鋸筋・僧帽筋中下部線維の強化
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Type II: 大円筋のストレッチ、前鋸筋・僧帽筋中下部線維・菱形筋の強化
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Type III: 小胸筋・僧帽筋上部線維・肩甲挙筋のストレッチ、僧帽筋中下部線維の強化
負荷にはセラバンドやダンベルを使用し、段階的に調整されました。
対照群(CE群)
従来から行われている、振り子運動、壁登り運動、棒体操の3種類を実施しました。
気になる結果は?
評価には、肩関節の機能を見るConstant-Murleyスコア(CMS)や、痛みの度合い(NRS)、関節可動域、SDタイプの変化などが用いられました。
6週間の介入後、タイプ別の運動を行ったSSE群は、従来法を行ったCE群に比べてCMSのスコアが平均で10.31点も高く、大幅な機能改善が見られました。この効果は、介入終了から6週間後も維持されていたそうです。特に注目すべきは活動時の痛みで、SSE群では有意に低下していました。
さらに、肩甲骨の安定性に関する指標(LSST, PMI, SI)は、SSE群でのみ全て有意な改善を示し、CE群では変化がありませんでした。
そして何より驚きなのが、肩甲骨の異常な動き(SD)が正常化した割合です。**SSE群では31.7%、つまり3人に1人近くが正常な動き(Type IV)に戻ったのに対し、CE群ではなんと0%**でした。これは臨床的に非常に大きな差ですよね。
この結果を臨床でどう活かすか?
この研究から、私たちの臨床に活かせるポイントがたくさん見えてきます。
まず、タイプ別に介入することの重要性です。これまでの画一的なエクササイズでは、かえって過活動な筋肉をさらに緊張させてしまう可能性がありました。今回の結果は、硬い筋肉を抑制(ストレッチ)し、弱い筋肉を強化するという、タイプに合わせた戦略が、筋バランスと肩甲骨の動きを改善させることに直結することを示してくれました。
活動時の痛みが大きく軽減した点も重要です。これは、肩甲骨が適切に後傾・外旋するようになったことで、肩峰下のスペースが確保され、インピンジメントのストレスが減少した結果だと考えられます。
明日からの臨床では、まず患者さんのSDがどのタイプなのかを評価することが必須になります。その上で、それぞれのタイプに合わせたエクササイズを処方し、セラバンドやダンベルで負荷を徐々に上げていくことで、効果的なリハビリが展開できるはずです。週に1回でも運動のやり方をチェックしてあげる、というのも継続には大切なポイントですね。
まとめ
今回の研究は、SDのタイプ別に設計された肩甲骨安定化運動が、従来のエクササイズに比べて、肩関節の機能、活動時の痛み、そして肩甲骨の安定性の全てにおいて優れていることを明確に示してくれました。特に3割以上の患者さんでSDが正常化したという点は、臨床家にとって本当に大きな価値がある結果だと思います。
今後は、痛みが非常に強いケースや、長期的な効果の検証といった課題は残りますが、現時点でも、肩の痛みを抱える患者さんへのアプローチとして、第一選択肢となりうる非常に有効な方法だと言えるでしょう。