
【理学療法士向け】膝OAへの運動療法。「膝の負担は減らない」のに、なぜ痛みは改善するのか? システマティックレビューが示す“本当の効果”
あなたの臨床、「常識」にとらわれていませんか?
変形性膝関節症(KOA)のリハビリテーション。 私たち理学療法士が臨床で最も多く向き合う疾患の一つです。
患者さんに対し、私たちはどのような説明をしているでしょうか?
「筋力をつけて、膝への負担を減らしましょう」 「この運動でアライメントが整い、膝の内側にかかるストレスが減りますよ」
多くの方が、このような説明をしているのではないでしょうか。 この「膝への負担」を示す客観的な指標として、バイオメカニクスの世界では**膝関節内転モーメント(Knee Adduction Moment: KAM)**が広く使われています。KAMが高いほど、膝内側へのストレスが大きい、と。
そして私たちは、「運動療法 → 筋機能UP → KAM減少 → 症状改善」というロジックを信じて、日々アプローチをしています。
しかし、その「常識」、本当に正しいのでしょうか? 「運動療法でKAMを減らすこと」自体が目的になっていませんか?
今回ご紹介するのは、この臨床上の重要な問いに真正面から取り組んだ、あるシステマティックレビューです。もしかすると、あなたの臨床観を大きく変えることになるかもしれません。
衝撃のレビュー結果:「臨床的改善」と「力学的変化」はリンクしない
今回注目する論文はこちらです。
引用論文 Ferreira, G.E., et al. (2015). The effect of exercise therapy on knee adduction moment in individuals with knee osteoarthritis: A systematic review. Clinical Biomechanics, 30(5), 453-461. (※本記事ではこの論文を基に解説します)
この研究は、KOA患者さんに対する運動療法の効果を検証した複数の論文(RCT)を集め、以下の3つのポイントについて徹底的に分析しました。
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膝関節内転モーメント(KAM):力学的な関節負荷
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疼痛と身体機能:患者さんの自覚的な臨床症状
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筋力:運動療法の直接的な効果
分析対象となったのは、股関節周囲筋強化や下肢全体の高強度抵抗運動など、私たちにも馴染み深い運動療法を実施した研究です。
その結果は、非常に衝撃的なものでした。
事実1:運動療法で、痛みと機能は“確かに”改善した
まず、私たちの日々の臨床実感を裏付ける結果です。 分析対象となった研究のすべてにおいて、運動療法を行ったグループは、行わなかったグループと比較して有意な疼痛改善を示しました。 また、身体機能や筋力についても、ほとんどの研究で明確な改善が認められました。
これは、「運動療法はKOAに有効である」という、これまでの膨大なエビデンスを再確認するものです。
事実2:しかし、KAM(関節負荷)は“全く”減っていなかった
問題はここからです。 期待されていた「関節負荷の軽減効果」はどうだったのでしょうか。
結果は、3つの研究すべてにおいて、運動療法群と対照群の間でKAMに有意な差が認められなかったのです。
つまり、患者さんの痛みや機能は良くなっているにもかかわらず、力学的な指標であるKAMは一切変化していませんでした。 それどころか、ある研究では、運動療法によってKAMがわずかに増加する傾向さえ見られたのです。
結論:「運動療法がKAMを減らすから痛みが取れる」わけではなかった
この2つの事実から導き出される結論は、ただ一つです。
「運動療法による疼痛緩和や機能改善といった臨床的な利益は、KAMの減少とは関連していなかった」
私たちは「関節負荷が減るから痛みが和らぐ」と信じていました。しかし、このレビューは、その直接的な因果関係を否定する可能性を強く示唆しています。
考察:では、なぜ痛みは改善するのか?
「関節への力学的ストレスが減らないのに、なぜ痛みは良くなるのか?」
このギャップこそ、私たちが向き合うべき本質です。KAMという単一の指標だけを追いかけていては、運動療法の「本当の効果」を見誤ってしまうかもしれません。
では、運動療法は「何」を改善させていたのでしょうか? 論文の考察や関連研究から、いくつかの可能性が見えてきます。
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KAMでは捉えきれない「神経筋制御」の変化 KAMは歩行周期における特定のピーク値に過ぎません。運動療法は、衝撃吸収能力、動的安定性、筋活動のタイミングや協調性といった、より複雑な神経筋のコントロール能力を改善させます。たとえKAMの数値が変わらなくても、着地の衝撃をソフトに受け止める「質」が変われば、関節が感じるストレスは変わるはずです。
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「脳」の変化(中枢神経系・疼痛抑制) 運動がもたらす鎮痛効果は、関節局所だけではありません。運動は、**内因性オピオイドの放出を促し、脳における痛みの感じ方そのものを変化させる(中枢性感作の改善)**ことが知られています。つまり、膝からの入力(侵害刺激)自体は変わらなくても、それを処理する中枢(脳)が変化することで、感じる痛みは軽減されます。
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「心」の変化(心理的要因) 運動療法を通じて「自分でも体をコントロールできる」という感覚、すなわち自己効力感が高まることは、痛みの軽減に大きく寄与します。「動くのが怖い」といった恐怖回避思考が改善され、活動性が向上することも、QOLの向上に直結します。
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「炎症」の抑制 運動には、全身性の抗炎症作用があることも分かってきています。関節内の微細な炎症が痛みの原因である場合、運動がこれらの炎症性サイトカインを抑制し、症状が改善する可能性があります。
運動療法の効果は、単一の経路ではなく、これら複数のメカニズムが複雑に絡み合って生み出されているのです。
明日からの臨床をどう変えるか?
この衝撃的な事実を知った私たちは、明日からの臨床をどうアップデートすべきでしょうか?
1.患者さんへの「説明」を変える
「この運動で膝の負担(KAM)が減りますよ」という力学的な説明“だけ”になっていませんか? それに加えて、私たちが提供する価値を多角的に伝えましょう。
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「筋力をつけることで膝がグラグラしなくなり、安定しますよ」(神経筋制御)
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「運動することで、体の中から痛みを和らげる物質が出るんです」(中枢神経系)
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「こうして動ける自信がつけば、もっと楽に生活できるようになりますよ」(心理的要因)
これらの説明は、患者さんのモチベーションを高め、治療への理解を深める助けとなります。
2.「評価」の視点を広げる
アライメントやラテラルスラストなど、KAMに繋がりそうな動作パターンの観察はもちろん重要です。 しかし、それだけに固執する必要はありません。
むしろ、動作の滑らかさ、安定性、リズム、そして患者さんが感じる努力感や恐怖感といった、「質」や「感覚」にもっと目を向けましょう。「その人にとって意味のある活動が、どれだけ楽にできるようになったか」こそが、最も重要なアウトカムです。
3.「完璧なフォーム」への固執を捨てる
私たちは時に、「正しいフォーム」や「理想的なアライメント」で運動を遂行させることに注力しすぎます。 しかし、力学的な負荷軽減効果が主目的でないとすれば、どうでしょうか。
多少フォームが崩れていたとしても、患者さんが痛みなく、安全に、そして何より「積極的に」運動を継続できることの方が、長期的にはよほど重要であると言えるかもしれません。
4.運動プログラムを「多様化」する
特定の筋をターゲットにした筋力強化も有効です。しかし、それだけが全てではありません。 バランス能力、協調性、固有受容感覚を刺激するような、多様な神経筋トレーニングを積極的に組み込む意義が、このレビューから改めて示唆されます。
患者さんが楽しみながら、自信を持って体を動かせるようなプログラムこそが、最良の結果を生むのではないでしょうか。
まとめ
今回のシステマティックレビューは、KOAに対する運動療法の価値を再確認させてくれると同時に、その作用機序についての私たちの「思い込み」に一石を投じました。
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運動療法は、KAM(膝関節内転モーメント)を減少させることなく、疼痛や身体機能を確実に改善させます。
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この事実は、運動療法の効果が、単純な力学的負荷の軽減だけでは説明できない、より複雑で多面的なメカニズムに基づいていることを示しています。
私たち理学療法士は、バイオメカニクス的な視点を持ちつつも、それにとらわれ過ぎてはいけません。神経生理学、疼痛科学、心理学といった幅広い知識を統合し、患者さん一人ひとりを全人的に捉えるアプローチが、今後ますます重要になります。
関節の「構造」や「負荷(KAM)」という単一の指標だけでなく、患者さんの「機能」と「経験」に目を向けること。 この研究は、その大切さを改めて教えてくれる、非常に価値のあるエビデンスです。
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