CKC運動連鎖と肩甲帯

肩関節周囲の機能障害、特に肩峰下インピンジメント症候群(SIS)や腱板関連の愁訴において、肩甲骨機能不全(Scapular Dyskinesis)が病態の根幹をなすことは、臨床家にとって共通の認識でしょうね。私たちセラピストは日々、この機能不全の是正を目指し、肩甲帯周囲筋の促通と筋バランスの再学習を目的としたエクササイズを処方しています。

中でも、僧帽筋上部線維(Upper Trapezius: UT)の過活動と、僧帽筋下部線維(Lower Trapezius: LT)および前鋸筋(Serratus Anterior: SA)の活動低下という典型的な筋インバランスのパターンは、臨床で最も頻繁に遭遇する課題の一つです。このインバランスは、肩甲骨の上方回旋におけるフォースカップル機構の破綻を招き、結果として上腕骨頭の上方偏位や肩峰下スペースの狭小化を引き起こしてしまいます。

故に、リハビリテーションにおけるエクササイズ選択の核心は、「いかにUTの代償的活動を抑制し、LTとSAを選択的に賦活させるか」という点に集約されます。しかし、数多くあるエクササイズの中から、どの運動が最もこの目的に適しているのかを判断するのは容易ではありません。個々のセラピストの経験則に頼る場面も少なくないのが現状です。

こうした臨床的課題に対し、Mendez-Rebolledoらが2020年に発表したシステマティックレビュー『Optimal activation ratio of the scapular muscles in closed kinetic chain shoulder exercises』は、極めて重要なエビデンスを提供してくれます。この記事では、このレビュー論文の内容を詳細に紐解き、私たちが明日からの臨床で活用できる具体的な知見を抽出していきたいと思います。

1. エビデンスの要諦:システマティックレビューの概要と「至適筋活動比率」の定義

Optimal activation ratio of the scapular muscles in closed kinetic chain shoulder exercises: A systematic review - PubMed The exercises in higher positions (e.g. exercises with the tr pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

この研究は、健常者を対象としたクローズド・キネティックチェーン(Closed Kinetic Chain: CKC)における肩関節エクササイズ中の肩甲骨周囲筋の筋活動を報告した29の論文を系統的にレビューしたものです。分析対象となったのは、Push Up、Pull Up、Plank、Press Upなど7つの主要エクササイズと、それらのバリエーションを含めた計30種類に及びます。

このレビューの最大の特色は、単なる各筋の活動量(%MVIC)を比較するだけでなく、「至適筋活動比率(Optimal Activation Ratio)」という指標を用いてエクササイズの有効性を評価した点にあります。これは、肩甲帯の安定化に重要なLT、SA、そして僧帽筋中部線維(Middle Trapezius: MT)に対するUTの活動量の比率を示したもので、具体的には以下の3つの比率が用いられました。

  • UT/SA 比率

  • UT/LT 比率

  • UT/MT 比率

そして、これらの比率が 0.6以下 である場合を「至適(Optimal)」と定義しました。この「0.6」という閾値は、UTの過剰な代償活動を抑制しつつ、標的となるLTやSAを効果的にトレーニングできているか否かを判断するための客観的な基準になります。つまり、この値が低いエクササイズほど、臨床目標を達成する上でより望ましい運動であると解釈できます。この明確な基準の導入により、エクササイズ選択における科学的根拠のレベルが一層高まったと言えるでしょう。

2.【結果詳解】前鋸筋(SA)と僧帽筋下部線維(LT)の選択的促通に最適なCKCエクササイズ

レビューの結果、UTの代償を抑えながらSAおよびLTを効果的に促通するエクササイズが具体的に特定されました。以下に、臨床で特に重要なUT/SA比率とUT/LT比率について、それぞれ至適と判断されたエクササイズを詳しく見ていきましょう。

SAの選択的促通(UT/SA比率が低いエクササイズ) SAの活動低下は、肩甲骨の翼状化(Winging)や上方回旋不全の主因となります。SAの選択的促通には、肩甲骨の前方突出(Protraction)を伴う運動が極めて有効であることが示されました。

  • Push Up Plus およびそのバリエーション: 通常のPush Upの最終域でさらに肩甲骨を前方突出させるPush Up Plusは、UT/SA比率を改善する代表的なエクササイズです(UT/SA比率: 0.09-0.36)。特に、膝つきで行うKnee Push Up Plusは、肩関節への負荷を軽減しUTの動員を抑えるため、より低いUT/SA比率(0.31)を示し、リハビリテーション初期段階において非常に有用です。

  • Scapular Protraction: 四つ這いやプランク肢位から肘を伸展させたまま肩甲骨の前方突出・後退を繰り返す運動です。これもまた、SAを直接的に刺激するため、非常に低いUT/SA比率(0.06-0.54)を達成できます。One Hand Scap Protraction(片手での実施)や、不安定面上での実施(Unstable Scap Protraction)も同様に有効でした。

  • Half Push Up: 体幹を45°程度に傾斜させた状態(手を台の上につくなど)で行うPush Upです。これもUT/SA比率(0.21)が良好な値を示しました。体幹の傾斜が大きくなることで、重力負荷が減少し、UTの過剰な動員が抑制されるためと考えられます。

これらの結果から、「SAを促通する鍵は、CKCにおける肩甲骨の前方突出(Protraction)にある」という明確な原則が導き出されますね。

LT/MTの選択的促通(UT/LT比率、UT/MT比率が低いエクササイズ) LTの機能不全は、肩甲骨の後傾(Posterior Tilt)および上方回旋の不足を招き、肩峰下インピンジメントの直接的な原因となり得ます。LTの選択的促通には、肩甲骨の後退(Retraction)や下方回旋(Downward Rotation)の要素を含む運動が有効でした。

  • Press Up: ベンチなどに座り、体側の床や台に手をついて殿部を浮かせる運動です。肩甲骨の後退と下方回旋を強く要求されるため、UT/LT比率は0.34-0.48と至適な範囲でした。

  • Half Push Up: 前述の通り、このエクササイズはUT/SA比率だけでなく、UT/LT比率(0.48-0.50)においても良好な結果を示しました。考察では、体幹を前傾させることで肩甲骨の挙上角度が高まり、LTが力学的優位性を得やすくなることが指摘されています。SAとLTの両方にアプローチできる、非常にバランスの取れたエクササイズと言えますね。

  • One Hand Plank: 片手でのプランクです。3点支持となることで体幹の回旋モーメントが発生し、これを制動するために支持側の肩甲帯周囲筋、特にLTやMTの安定化機能が強く要求されます。結果として、UT/LT比率は0.28-0.48と優れた値を示しました。

  • Pull Up系のバリエーション: Half Pull UpやIsometric Pull Upは、UT/LT比率(0.08-0.58)およびUT/MT比率(0.15-0.52)の両方で最適な結果を示しました。これらは肩甲骨の後退・下方回旋が主動作となるため、LT/MTの活動を効率的に高めます。

これらの結果から、「LT/MTを促通する鍵は、CKCにおける肩甲骨の後退(Retraction)および下方回旋にある」という原則が見えてきますね。

3. 臨床応用への示唆:UTの代償を助長する運動とプログレッションの原則

このレビューは、有効なエクササイズを特定すると同時に、UTの代償を助長しやすい、いわば「避けるべき」運動の傾向についても重要な示唆を与えてくれています。

  • 不安定な支持面(Unstable Surfaces): BOSUやセラピーボール上でのエクササイズは、多くの研究でUTの活動を増加させ、筋活動比率を悪化させる傾向が認められました。これは、予測不能な刺激に対して安定性を確保するため、グローバル筋であるUTが共収縮を起こしやすいためと解釈されます。したがって、不安定性の導入は、安定した支持面で適切な筋活動パターンが十分に学習された後に、慎重に行うべきでしょう。

  • 体幹が垂直に近い高姿勢(Higher Positions): Wall Pressのように、体幹が立位に近い肢位でのエクササイズは、負荷が低い一方でUTの活動が相対的に優位になりやすく、UT/SA比率やUT/LT比率を悪化させる傾向がありました。

  • Supine Pull Up: 仰臥位でのPull Up(Inverted Row)は、SAの貢献が主に後傾に限定されるのに対し、UTは後退の主働筋として強く活動するため、UT/SA比率は2.0以上と著しく悪化しました。この運動はLT/MTの促通には有効ですが、SAの促通やUTの抑制という観点からは推奨されません。

これらの知見を統合し、臨床におけるエクササイズの選択および進行を以下のように組み立てることが推奨されます。

  • 【初期評価】: まず対象者のScapular Dyskinesisのパターンを評価します。SAの活動不全(Winging/Anterior Tilt)が優位か、LT/MTの活動不全(下方回旋/挙上不全)が優位かを見極めます。

  • 【初期介入 - Phase 1】: UTの代償パターンが顕著な場合、負荷が低く選択的収縮を学習しやすいエクササイズから開始します。

    • SA促通目的: 安定した支持面での Knee Push Up Plus や四つ這いでの Scapular Protraction。

    • LT/MT促通目的: 負荷を調整した Isometric Pull Up や Press Up。

  • 【進行期 - Phase 2】: 適切な筋活動パターンが学習された後、徐々に負荷を上げていきます。

    • SAとLTの統合: 両方の比率が良好な Half Push Up は、この段階で非常に有用なエクササイズとなります。

    • 体幹安定性の統合: One Hand Plank を導入し、肩甲帯の安定化と体幹機能の連携を促します。

  • 【最終期・機能的課題へ - Phase 3】: 筋力および協調性が向上したら、より高負荷な課題や、必要に応じて不安定要素を加えていきます。ただし、常に筋活動比率が悪化していないか、代償動作が出現していないかを注意深く観察する必要があります。

結論:エビデンスに基づく肩甲骨リハビリテーションの実現に向けて

このシステマティックレビューは、「どのエクササイズが有効か」という問いに対し、「筋活動比率」という客観的かつ臨床的に意義深い指標を用いて明確な答えを提示してくれました。

その核心的なメッセージは、 「肩甲骨の前方突出(Protraction)を伴うCKCエクササイズは、UT/SA比率を最適化する」 「肩甲骨の後退(Retraction)を伴うCKCエクササイズは、UT/LTおよびUT/MT比率を最適化する」 という二つの原則に要約されます。

私たちセラピストは、このエビデンスを基盤とし、対象者の病態や機能レベルに応じてエクササイズを論理的に選択・修正していくことが求められますね。このレビューは健常者を対象としており、大胸筋や小胸筋といった前方筋群の活動は考慮されていないといった限界点はあるものの、その知見は私たちの臨床推論を補強し、より質の高いリハビリテーションを提供する上での強力な羅針盤となるでしょう。経験則からエビデンスに基づいた実践へ。このレビューが示す方向性は、まさに現代のセラピストが目指すべき姿そのものだと考えています。

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