腰痛とハムストリングの関係

その腰痛アプローチ、ハムストリングスだけ見てませんか?

臨床で慢性的な腰痛の患者さんを評価するとき、「ハムストリングスが硬いな」って思うこと、よくありますよね 。骨盤が後傾して腰椎のアライメントに影響が出るのは、バイオメカニクスの視点からも明らかですし、ハムストリングスのストレッチは多くの治療で取り入れられています。でも、ハムストリングスへのアプローチを続けているのに、期待していたほど良くならずに「なんでだろう?」と悩んだ経験、ありませんか?

この記事では、エビデンスの中でも一番信頼性が高いと言われているコクラン・レビューの『慢性腰痛に対する運動療法(2021年版)』を基に、この臨床の疑問に迫っていきたいと思います 。249もの研究、合計24,486名ものデータを分析したこのレビューは、僕たちの臨床の考え方に新しい視点を与えてくれるはずです 。ハムストリングスという一つの所見に固執することの限界と、より効果的な運動療法を組み立てるための多角的なアプローチについて考えていきましょう!

Exercise therapy for chronic low back pain - PubMed We found moderate-certainty evidence that exercise is probabl pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

ハムストリングスと骨盤後傾:よくある理論と臨床の壁

まず、ハムストリングスが硬いと腰痛につながるという理論的背景には、「腰椎骨盤リズム」があります 。体を前に倒すとき、正常なら腰椎と股関節が協力して曲がっていきます。でも、ハムストリングスが硬いと股関節の動きが制限されて、その分、腰椎がたくさん曲がらないといけなくなります 。

この代償的な動きが続くと、身体にとって良くない問題が起こる可能性があります。

  • 椎間板への非対称なストレス: 腰椎が過剰に曲がることで、椎間板の後ろ側が伸ばされ、椎間板性の痛みやヘルニアのリスクになります 。

  • 腰や背中の筋肉・靭帯への過負荷: 伸ばされ続けるストレスは、脊柱起立筋などの筋肉や靭帯に小さな傷をつけてしまい、筋筋膜性の痛みの原因になることがあります 。

  • 仙腸関節へのメカニカルストレス: 骨盤が後傾することで仙腸関節の噛み合わせが変わり、機能障害の原因になる可能性も考えられます 。

これらの考えから、ハムストリングスの柔軟性を改善することは、腰椎へのストレスを減らすための重要なアプローチとされてきました 。でも、このアプローチには臨床的な壁があります。それは、ハムストリングスの硬さが腰痛の「原因」ではなく、他の機能がうまく働いていない「結果」として起きている可能性を見逃してしまうリスクです。

例えば、腹横筋や多裂筋といった深層筋(ローカルマッスル)の機能が低下して、腰椎や骨盤が不安定になっているケースは臨床で本当によく見かけます 。その不安定さを補うために、ハムストリングスや腰方形筋のような表層筋(グローバルマッスル)が頑張りすぎて過剰に活動しているんです 。この場合、根本原因であるコアの安定性不足に対応しないで、結果として起きているハムストリングスの硬さだけをストレッチしても、その場しのぎの対症療法になってしまい、根本的な改善や再発予防にはつながりにくいんです 。

249の研究が示す真実:Cochrane Reviewが明らかにした「単独介入」の不在

では、最高レベルのエビデンスであるCochrane Reviewは、運動療法について何を教えてくれるのでしょうか。このレビューで分析された運動療法は、僕たちが臨床で行うアプローチのほとんどをカバーしています。

  • コアトレーニング: モーターコントロールex、スタビライゼーションex、ピラティスなど

  • ストレッチング

  • マッケンジー法

  • 有酸素運動

  • ヨガ

  • 機能改善アプローチ

  • 全身の筋力強化運動

そして、このレビューで一番衝撃的だったのは、分析された249もの研究の中に、「ハムストリングスストレッチ単独」での介入を行った研究が実質的に存在しなかったという事実です 。

ハムストリングスへのアプローチは、ほとんどすべての研究で、上記のような様々な運動療法と組み合わせたプログラムの一部として行われていました。これは、腰痛研究の最前線では、ハムストリングス単独のアプローチでは不十分で、腰痛という多くの要因が絡む病態には、複合的なアプローチが必要だという共通認識があることを強く示しています 。

結論として、運動療法は、何もしない場合や通常のケアと比べて、痛みの軽減と機能障害の改善に有効であるとされています 。一方で、特定の運動療法が他のものより明らかに優れているという強いエビデンスは見つかりませんでした。これは、決まりきった方法ではなく、患者さん一人ひとりの評価に基づいてアプローチを組み合わせることが、治療効果を最大限に引き出すカギだということですよね 。

臨床の考えを深める3つの視点:ハムストリングスから一歩先へ

ハムストリングスが硬い患者さんを担当したとき、僕たちセラピストはもっと広い視野で評価して、アプローチを考える必要があります 。Cochrane Reviewの結果や最近の運動療法の考え方を踏まえて、次の3つの視点からのアプローチを提案します。

1. 腰椎骨盤帯の安定性(コアスタビリティ)をもう一度見直そう CNSLBPの患者さんの多くで、腹横筋や多裂筋といった深層筋の機能低下が報告されています 。このコアの機能不全が、ハムストリングスなどの表層筋の頑張りすぎ(代償的な過活動)を引き起こします 。ドローインやASLRテストなどで深層筋の機能を評価し、必要であればモーターコントロールエクササイズを取り入れることが、ハムストリングスの過緊張を根本から解消する第一歩になります 。

2. 運動連鎖の視点から、隣の関節の機能も評価しよう Joint-by-Joint theoryが示すように、本来「安定性」が求められる腰椎は、「可動性」が求められる股関節と胸椎に挟まれています 。股関節や胸椎の動きが硬いと、その分を腰椎が無理に動いて代償し、ストレスが集中してしまいます 。ハムストリングスの硬さは、股関節機能不全の一つのサインに過ぎません。股関節の他の筋肉(腸腰筋、内転筋、梨状筋など)の柔軟性や、胸椎の可動性も評価して、制限があればモビライゼーションやストレッチを行うことで、結果的にハムストリングスの緊張も和らげることができます 。

3. 非効率な「動きのクセ」を修正しよう 慢性的な痛みは、脳の中にある運動プログラムを変化させます 。痛みを避けるための代償的な動きのクセがついてしまい、それがさらに新たなストレスを生んで症状を長引かせる…という悪循環に陥っているケースは非常に多いです 。スクワットや歩行などの基本的な動作を観察して、腰椎の過剰な動きや骨盤の左右差といった異常な運動パターンを見つけることが重要です 。正しい運動パターンを再学習させるアプローチは、再発予防の視点からも非常に有効です 。

まとめ:一人ひとりに合わせた多角的なアプローチで治療効果を最大に!

このCochrane Reviewが僕たちセラピストに伝えてくれるメッセージは非常に明確です 。それは、慢性腰痛に対する運動療法は有効だけど、そのアプローチは一つだけではいけないということです 。

臨床でよく見かけるハムストリングスの硬さは、もちろん重要な所見ですが、それだけを治療のゴールにしてしまうと、もっと根本的な問題を見逃してしまうリスクがあります 。

この記事のポイント

  • ハムストリングスの硬さは、コアの安定性低下や隣の関節の機能不全といった「結果」として起きている可能性があります 。

  • 最高レベルのエビデンスを見ても、ハムストリングス単独でのアプローチは行われておらず、常に複合的な運動プログラムの一部として実施されています 。

  • 効果的な腰痛治療には、①コア機能、②隣接関節の可動性、③運動パターンの3つの視点からの包括的な評価とアプローチが不可欠です 。

僕たちセラピストは、患者さん一人ひとりの状態を丁寧に評価して、「なぜこの人のハムストリングスは硬くなっているんだろう?」という臨床推論を深める必要があります 。その上で、コア、モビリティ、モーターコントロールといった要素を適切に組み合わせた、オーダーメイドの運動療法プログラムを考えて実行することこそが、エビデンスに基づいた最良のアプローチであり、患者さんのQOLを最大化する道筋になるはずです 。