CAIと腓骨筋の関係

「捻挫が癖になる」本当の理由。筋力だけじゃない、「筋肉の質」という新常識【論文解説】

こんにちは、小林龍樹です。

臨床現場で、「一度捻挫してから、どうも足首が不安定で…」「捻挫が癖になっているんです」といった訴えを聞くことは非常に多いと思います。いわゆる慢性足関節不安定症(CAI)に対して、私たちはこれまで、腓骨筋の筋力低下や反応時間の遅延を主な原因と考え、筋力トレーニングやバランストレーニングを処方してきました。

しかし、「筋トレをしても、なかなかバランスが安定しない」「反応速度を鍛えているのに、ぐらつきが改善しない」といったケースに遭遇し、頭を悩ませた経験はないでしょうか。もしかしたら、その原因は私たちが今まで見過ごしてきた、筋肉の「量」や「機能」ではない、もっと根本的な「質」の問題にあるのかもしれません。

今回は、超音波(エコー)を用いてCAI患者の筋肉の状態を可視化し、バランス機能低下の真の原因に迫った画期的な論文を解説します。この研究は、私たちのリハビリテーション戦略に大きな変革をもたらす可能性を秘めています。

筋肉の「量」や「機能」だけではない、「質」という新たな視点

今回の研究の鍵となるのが「エコー輝度」という指標です。聞き慣れない言葉かもしれませんが、これは超音波画像を使って筋肉の「質」を評価するための重要な物差しです。

健康で質の良い筋肉は、筋線維が密に詰まっているため、超音波画像では黒っぽく映ります。しかし、怪我や加齢、不動などによって筋肉内に脂肪が蓄積したり、組織が硬くなる線維化が進んだりすると、超音波の反射が強くなり、画像上では白っぽく映るようになります。

この「白さの度合い」がエコー輝度であり、輝度が高いほど「筋肉の質が低下している(脂肪化・線維化が進んでいる)」ことを意味します。

足関節捻挫の予防において極めて重要な役割を果たすのが、足首の外側にある腓骨筋です。この論文では、CAI患者の腓骨筋の「質(エコー輝度)」、「量(断面積)」、「硬さ」、そして「筋力」が、バランス能力とどのように関連しているのかを多角的に調査しました。

【論文解説】超音波が暴くCAI患者の腓骨筋の真実

A cross-sectional study on peroneal muscle echogenicity changes and their effects on balance functions in individuals with chronic ankle instability - PubMed This study investigated the relationship between peroneal mus pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

この研究には62名のCAI患者が参加し、超音波による腓骨筋の評価(エコー輝度、断面積、硬さ)、ダイナモメーターによる外がえし筋力の測定、そしてY-バランス・テスト(YBT)や片脚立位テストによる動的・静的バランス能力の評価が行われました。

まさに、筋肉の「質」「量」「硬さ」「機能」という4つの側面から、CAIの病態に迫ろうというアプローチです。そして、その結果は私たちの想像以上に明確なものでした。

衝撃の研究結果 ― バランスを崩す3つの根本原因

この研究から明らかになった事実は、CAIの病態を理解し、より効果的なリハビリを構築する上で非常に重要です。

原因① 筋肉の「質」がすべての土台だった 最も衝撃的だったのは、腓骨筋のエコー輝度が高い(=筋肉の質が悪い)患者ほど、筋肉の断面積が小さく(量が少ない)、外がえし筋力が弱く、そしてバランス能力も低いという、極めて明確な相関関係が示されたことです。 これは、CAIの問題が単なる筋力低下という「機能」の問題だけでなく、筋肉そのものが脂肪に置き換わったり硬くなったりする「質的変化」に根差していることを強く示唆しています。いくら「筋トレをしろ」と指示しても、エンジン自体が劣化していては、十分なパワーを発揮できないのと同じです。筋肉の質が、量や機能の土台となっていたのです。

原因② 「動的バランス」には筋力、「静的バランス」には”硬すぎない”ことが重要 さらに興味深いのは、バランス能力と筋肉の特性の関係です。外がえし筋力は、Y-バランス・テストのような「動的バランス」の成績と強い相関がありました。つまり、スポーツ中の切り返しやステップワークなど、動きの中で身体を安定させるためには、純粋な筋力発揮が不可欠であることを示しています。 一方、筋肉の硬さ(スティフネス)は、片脚立位のような「静的バランス」での体の揺れと正の相関、つまり硬いほどバランスが悪くなるという結果でした。これは臨床的に非常に重要です。私たちは「不安定だから固める」という反応を考えがちですが、怪我の後に過剰に筋肉が硬くなってしまうと、かえって微細な姿勢制御が妨げられ、静止時のバランスを崩す原因になり得るのです。

原因③ バランス悪化には「転換点」が存在する可能性 もう一つ示唆に富む結果があります。筋力低下がバランスの悪化に繋がるという関係は、筋肉の質が「中程度」に悪いグループで特に顕著でした。これは、筋肉の質がある一定のラインを超えて悪化すると、バランス制御能力が急激に低下する「転換点」が存在する可能性を示唆しています。質的変化が軽微なうちであれば筋力でカバーできていたものが、ある点を超えると代償しきれなくなるのかもしれません。

明日からの臨床が変わる!CAIリハビリの新戦略

この研究結果は、CAIに対する私たちのアプローチを根本から見直すことを迫ります。

戦略① 評価に「質」の視点を加える すべての臨床現場に超音波装置があるわけではありません。しかし、私たちは触診を通じて、筋肉の硬さや収縮時の反応性を感じ取ることができます。筋力測定の結果と実際の筋肉のボリューム(太さ)に乖離がある場合や、収縮の立ち上がりが遅いと感じる場合は、「筋肉の質が低下しているのではないか?」と推測する視点を持つことが重要です。

戦略② 「硬さを取り除く」ことの重要性を再認識する 「硬ければ安定する」という単純な考え方は危険です。今回の研究が示すように、過剰な筋肉の硬さは静的バランスを阻害します。足関節の可動域制限はもちろん、腓骨筋自体の柔軟性を確保するためのストレッチや徒手療法は、単に関節を動かすためだけでなく、バランス能力を向上させるためにも不可欠なアプローチと言えます。

戦略③ 「量」と「質」の両面からアプローチする 従来通りの筋力トレーニングで「量」と「機能」を高めることはもちろん重要です。それに加え、今後は「質」を改善する視点も必要になります。論文では神経筋電気刺激(NMES)などが提案されていますが、臨床的には、血流を促進させるような温熱療法や、様々な収縮速度でのトレーニングを取り入れることで、筋肉内の生理的な環境を改善し、脂肪化や線維化の進行を抑制するアプローチが考えられます。

まとめ

「捻挫が癖になる」その背景には、単なる筋力低下だけでなく、腓骨筋の脂肪化や線維化といった根深い「質的変化」が隠されていることが明らかになりました。

私たちセラピストは、筋力(動的バランス)と柔軟性(静的バランス)の両方を評価・治療することはもちろん、今後は「この筋肉の質はどうなっているだろうか?」という新たな視点を持ち、より包括的なリハビリテーションを展開していく必要があります。超音波で筋肉の状態を評価しながらリハビリを進めるというアプローチは、まさに未来の理学療法の一つの形と言えるでしょう。